速やかに、穏やかに、つつがなく終わる交流

むしろ移動困難な障害者がみんなして「こんな段差や急勾配だらけの街になんて出られるか!」と自宅に引き篭もり出したら、私たち非障害者はかれらに街で出会えなくなってしまう。
瀬戸マサキ 2026.03.12
誰でも
Photo by SHURUI CHEN

Photo by SHURUI CHEN

"Nothing about us without us" (Latin: Nihil de nobis, sine nobis) is a slogan used to communicate the idea that no policy should be decided by any representative without the full and direct participation of members of the group(s) affected by that policy.
(「われわれのことを我々抜きで勝手に決めるな」は、いかなる政策も、その政策によって影響を受ける集団の人々の完全で直接の参加なしには、どのような代表者によっても決められてはならないという考えを表したスローガンです。)

"Nothing About Us Without Us" - Wikipedia

東京の、あれはどのあたりだったか、多分有楽町とかその辺を彼氏と歩いていた時のこと。渡り始めた横断歩道の先に、歩道に乗り上げようとして苦労しているおじさんがいた。私は「少し押しましょうか?」と、できるだけフラットな口調で声をかけた。駆け寄ったりせず、道を渡りながら、ついでのように。

「はい」と言われたので近づき、「押しまーす」と言って40〜50cm押した。「じゃあ」と彼氏の元へ戻って雑談を再開すると、おじさんもおじさんで、こちらには何も言わず歩道を逆方向に進み始めた。速やかに、穏やかに、つつがなく終わった交流であった。

SNSでは「障害者は助けてもらったら感謝しろ」という声が強いが、感謝なんて不要である。私は、段差や急勾配だらけのこの社会に生きる非障害者として当然の責任をほんの少し果たしただけである。むしろ移動困難な障害者がみんなして「こんな段差や急勾配だらけの街になんて出られるか!」と自宅に引き篭もり出したら、私たち非障害者はかれらに街で出会えなくなってしまう。感謝するのはこちらの方だろう。

ふと、20年前のことを思い出す。

アメリカ西海岸に住む友人サトコを訪ねたときのことだ。二週間くらいお世話になったのだが、その間サトコは私をいろいろなところに連れて行ってくれた。サトコは運転をしないので、交通手段はもっぱらバスだ。その日も私たちはサトコの働く非営利団体からスーパーに寄ってサトコの家に帰るためバスを待っていた。

私たちの前に並んでいたのは、車椅子のおじいさんだった。バッテリーを積んだ自動のタイプではなく、手で車輪を回す昔ながらのタイプだ。バスがやってくると運転手が手際よくスロープをかけ、おじいさんが手で車輪を回してそこを登り始めた。当時でも、私が住んだことのあるアメリカの地域ではどこも必ずバスにスロープが付いていた。全自動のもあったかもしれないが、運転手が必要に応じて金属の板を取り出して入り口と歩道を繋いでいたのをよく覚えている。

しかしバスの停まった場所が絶妙に良くなかったのか、少し勾配がきついようだった。なかなか登れない。どうしようかな、手伝ったほうがいいのかな、と思ったが、「突然車椅子を押されてびっくりした」という車椅子ユーザーの体験談を耳にしたことのあった私は、その場で立ちすくみ、何もできずにいた。運転手も運転席に座ったままだ。彼女には彼女で、法的リスクとか、そういう何もできない理由があったのだろう。うう、どうしたらいいんだ。

「Would you like help, sir?」(お手伝いがあった方がいいですか?)

隣のサトコが後ろから声をかけた。おじいさんは車輪にかけた手を緩め、ぶっきらぼうに「Yes」(あぁ)と言いながら、慎重にスロープを降りた。サトコに小突かれた私は慌てて車椅子の取っ手に手を伸ばし、小さな声で「押しますね」と言っておじいさんを押した。

バスに入ると、おじいさんは何も言わず自分で車輪を回し、するすると車椅子用のスペースに収まっていった。松葉杖ユーザーであるサトコが少し苦労しながらバスに乗り込んできて、入り口から近くも遠くもない一人用の席に座った。とほぼ同時に私もサトコのすぐ後ろの席に座る。サトコが振り返り、「そういえばこないだアンバーがね」と話し出した。アンバーはサトコの友人で、トランス当事者のための住居支援の団体をやっている活動家だ。

「うん」と相槌を打ち、私はそれからUwajimayaまでの15分間、サトコの語るアンバーのおもしろエピソードを聞きながら、どうして私は、手を貸すかどうかをおじいさんに訊かず、自分で決めるつもりだったのだろうと考えていた。

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