論から離れて私はどこへ
しばらく何も書けなかった。
忙しいのもあったけれど、とにかく、言葉で何かを説明したり、考えをまとめるということに、もうあまり信頼ができなくなっていたから。ネットで飛び交っているいろいろな論争を見ても、あるいは時折目に入る日本内外の政治ニュースを見ても、結局人は自分の見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞いて、信じたいものだけをファクトと言っているんだなと思わされる。
伊藤詩織監督による『BLACK BOX DIARIES』というドキュメンタリー映画についてのやりとりが最近のフェミニズム界隈のXではよく目についたけれど、みんな全然情報を把握できてないのにそれぞれ好きなことを言って、暫定的だったり、仮定の話のまま「〇〇だとしたら、私はこう思う」みたいなことばかり書いているように見えて、耐えられなかった。まぁネットなんてそんな言葉ばかりが並んでいるものと割り切って眺めていればいいのかもしれないが、この話題については非公開の情報が多いからか、特にそうした空虚さを感じた。
どんなに言葉を尽くしても、どんなにわかりやすく語ろうと努めても、それが誰かの考えを変えたり、違う景色を誰かの目に映し出せるなんてことは本当に全然なくて、何なら言葉を紡いでいる方の人間すら、本心ではそんなこと思っていなかったりする。自分もこっそりやっているような悪事を、表では非難していたりする。