排除と忘却に支えられたグロテスクな世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動の欺瞞(『現代思想』2015年10月号掲載)

同性愛者権利運動にとって、あるいは自らその名を裏切るかのようにBとTを暗に、そして時に明確に排除する「LGBT運動」にとって、同性婚は不可欠な目標としてその思想的、政治的な視界の中心的な位置を占めてきたと言えるだろう。
マサキチトセ 2022.09.07
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この文章は『現代思想』(青土社)2015年10月号「特集=LGBT 日本と世界のリアル」に掲載された文章を、筆者自身の手元にある原稿データを基にウェブ用に体裁を整えたものです。同号の目次を写真で出していますので、現在のLGBTやクィア関連の多岐にわたる論点が示されている他の執筆者の文章も合わせてご覧くださいますよう、よろしくお願いします。Amazon等で購入もできますが、大きな図書館にも所蔵されているはずです。
2016.5.24 解説記事を書きましたので、もし本文の文体が合わない、読み進めづらいという人がいたら、ぜひ以下の解説記事をご覧になってみてください。

本文

 同性愛者権利運動にとって、あるいは自らその名を裏切るかのようにBとTを暗に、そして時に明確に排除する「LGBT運動」にとって、同性婚は不可欠な目標としてその思想的、政治的な視界の中心的な位置を占めてきたと言えるだろう。しかしこの政治的傾向——米国で同性婚推進を掲げる大手団体がエイズ危機のあと1990年代半ばから頭角をあらわし、2013年には同性愛者に関する社会運動体として最も多くの資金を諸基金から受け取るようになっていたことに象徴される現在のこの政治的流行——には、たった20年の歴史しかない。

 振り返れば、1966年のコンプトンズ・カフェテリアの反乱、1969年のストーンウォール・インの反乱と、それまで同性愛者やトランスジェンダー(注1)を抑圧していた警察権力への抵抗が始まり、のちにエイズ危機を迎えることで社会的に望ましくないとされる者(注2)を明確に差別する政府や各種機関への抵抗と政治的要求(注3)が強まったあと、私たちがこの20年間で観測したものは、性に関する社会運動の急速な主流化と保守化、そして資本主義によるその取り込みであった。この現実的な歴史を直視し、その内部に同性婚推進運動を位置づけることで見えてくるのは、排除と忘却に支えられた、グロテスクな世間体政治 respectability politics に陥った今日(こんにち)の「LGBT運動」の姿である。

注1: この時代の当事者を現在流通している認知的カテゴリーで表現するとこの二つに分類される可能性が高いという意味である。
注2: 主にHIV感染率の高かった薬物使用者、セックスワーカー、ホームレス、同性愛者などを含み、その多くが有色人種であった。
注3: 皆保険、薬品研究への助成金、薬品の承認などを求めつつ、各種セーフティネット削減政策への抗議などを行っていた。

LGBT運動の主流化、保守化、資本主義との親和性

 名ばかりの「LGBT運動」、すなわちその内実は同性婚推進を中心に据えるような同性愛者中心の運動であるものが米国において主流化され、それと反比例するかのようにローカルな場や具体的な支援の場におけるLGBT運動が過去20年のあいだに衰退してきたという事実は、性に関する政治の歴史上の汚点として将来振り返られることになるだろう。同性婚推進運動の発展に伴い、HIV・エイズ関連の団体やLGBTの若者を支援する団体などへの資金が削減され、閉鎖に追い込まれたり枯渇した資金で最小限の運営を余儀なくされているという事実がある(注4)。ニューヨーク市を拠点とし幅広い言論活動及びLGBT貧困者やホームレスの支援活動を行っていた Queers for Economic Justice が2014年に資金の枯渇から一部の機能を残して閉鎖したことは記憶に新しい。こうして、急速に支援者を獲得し資金源を拡大して行った同性婚推進運動の裏で、無数のLGBT運動の担い手が資源を失って行った。

 同性婚推進運動の発展に伴うLGBT運動の主流化がもたらしたものは、こうした社会運動に必要な資源の独占化だけではなかった。ここでは、文化的な側面としての運動の保守化、そして物質的側面としての資本主義との親和性の二つを指摘したい。

注4: Conrad, Ryan. "Against Equality, In Maine and Everywhere." The Bilerico Project. November 30, 2009. Retrieved September 8, 2015. Available here.

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