死者の愛し方を教えてくれ

自分が愛する人や私を愛してくれている人には、最期に「悪くない人生だった」と思って欲しい。自分はその手助けができる存在でありたいと思う。祖母が死んで、その思いは一層強くなった。けれど同時に、自分にできる手助けとは何なのか、すっかり分からなくなってしまった。
瀬戸マサキ 2025.04.04
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(2022年3月4日にnoteに掲載したエッセイです。)

 昼職で隣県に行った帰り、あまりにも天気が良かったので少し回り道をすることにした。2019年の春のことだった。普段は曲がらない交差点を右に曲がり、山沿いに車を走らせる。しばらく進んでふとナビを見ると、少し先に公園があるらしい。あまり大きくはないが、街の中にあるような小さなものでもない。ダッシュボードの時計を見ると、まだ午後三時半だ。駐車場に入り、エンジンを停め、車を降りた。
 持ち物はタバコケースだけにした。スマホを持っていたらどうせ LINE や Twitter を見てしまう。つかの間のデジタルデトックスをしようと思った。

 駐車場脇の石の階段を降りると、横幅80mくらいの何もない広場があった。私以外には誰もいなかった。広場を囲んでいる草木もまばらで、自治体がこの公園の発展に期待していないことが窺えた。ただし、周囲にはぽつぽつと企業があるだけなので、夜中は別の意味での発展が行われているかもしれないとは思ったが。
 見渡しても遊具はひとつも無かった。あるのは古びた水飲み場と東屋だけ。ひとまず東屋に入り、ベンチに腰を下ろす。作業着のポケットからタバコケースを出した。
 ひと口吸っては、ゆっくりと煙を吐く。特に眺める景色も無いので、その反復しかすることがなかった。相変わらず天気は良い。冬はもう終わったのだなと感じさせられた。鳥の集団が眩しい青空を背景にして広場の上を通り過ぎる。

 2本目のタバコを終え、そろそろ車に戻ろうと思いタバコケースをポケットに入れて立ち上がると、ベンチの隅の方で何かが動くのに気づいた。私は虫や爬虫類が苦手なので、びくっとしたまま動けなくなった。動けないなりに恐る恐る目を凝らして見ると、それは小さな小さな鳥だった。濃い茶色の塊が5こあって、そのうち2つがピクピクと震えるように動いていた。
 鳥だと分かったので安心して近づくと、残りの3羽が干からびているのが分かった。動いている2羽も、もう先は長くなさそうだ。何ということだろう。いったいなぜ5羽もの小さな鳥がここに集まって、こんなことになってしまったのだ。
 もしやと思って上を見上げると、崩れた形の鳥の巣が東家の屋根の内側にかろうじて貼り付いていた。そこから落ちてしまったんだ。私は親鳥が近くにいるのだろうかと周囲を見渡した。今考えたら、親鳥がいたところでどうにかなる状態ではないのだけれど、迷子になって泣いている子どもを見かけた時みたいに、親鳥が見つかれば何とかなる気がしたのだ。きっと私以外の者の責任にしたいという心理が働いたのだろうと思う。でも、大きい鳥は周りに1羽もいなかった。

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