初めてキスしたあいつが死んだ
(2022年3月6日にnoteに掲載したエッセイです。)
私が初めてキスをした男は、火を使って絵を描くアーティストだった。
十代も終わりに差し掛かった頃、好きなミュージシャンの公式ホームページにあった掲示板で仲良くなった。実際に会ってみると、薄く化粧をしていて、今ならそれがそいつのジェンダー表現なのだろうと思うのだけれど、当時は「ビジュアル系の人だ……」としか思わなかった。
男性にしては長めの髪で、不思議な造りの服を着ていた。あとで聞いたら、服は自分で作っているらしい。私の周りにはアートを作る人も服を作る人もいなかったから、都会にはこういう人もいるんだな、と思った。
最初は大宮かどこかのカラオケに行った気がする。何度も可愛いねと言われ、私は慣れない褒め言葉に照れるしかなかった。体を寄せられ、キスをした。人の口の中の味を知った。
それからも、メールでのやり取りが続いた。とても好意を持ってくれていることに、私も応じたい気持ちが生まれてきた。どのくらいの期間があいたか覚えていないけれど、そいつは私を自分の家に招待した。
待ち合わせの駅から二人でとぼとぼ歩いて着いたのは、そいつの身なりからは想像もできないような、古くさい民家だった。いわゆる趣のある類ではなく、青色のトタンやメルヘンチックな細工の施された出窓など、おそらく当時は最先端だったものと、瓦屋根や土間などの伝統的な雰囲気のものが、ごっちゃになっていた。
玄関に入ると、疲れ切った顔の愛想のない男がいた。父親だそうだ。母親がリビングでテレビを観ている。二人とも小ぢんまりとした体格で、そいつの親にしてはずいぶん年寄りに見えた。
家の中も、やはり色々なセンスのものが入り混じっていた。洋風の白い食器棚、焦げ茶色のダイニングテーブル、仰々しい柄のカーペット、ソファ、カーテン。もちろん柄はそれぞれてんでバラバラだ。出窓にも床にも色々な物が置いてあった。
そいつの部屋は二階にあるという。階段に置かれた雑誌や文房具や段ボール箱などを避けながら上がると、襖が見えた。そうか、襖か、そうだよね。
そいつの部屋もまた、同じように物であふれていた。狭い空間に統一感のない机、ローテーブル、座椅子、そして畳に直接敷かれた布団。
とても、とても庶民的だった。