2024年3月2日(土) 友人が短編集を出します

私が勝手に彼の多様な小説に通底している信念だと思っているものがあって、それは「どんな登場人物にもその人なりの論理整合性があり、他のキャラクターや読者には全然論理的で無いように見えたとしても、その人なりに一貫した『こうだから、こう』という思考がある」という信念です。
瀬戸マサキ 2024.03.02
誰でも

お久しぶりです、マサキです。
久しぶりなのに自分の活動の告知でもなければエッセイでもない、友人のことを書きます。ごめんね。

いつから読み始めたのかもう覚えていないのだけれど、ある時見つけてからずっと読み続けていたネット小説ブログがありました。Ojohmbon X(おじょんぼん・えっくす)というハンドルネームの人が書いた、短編や長編の小説。当時ははてなダイアリーで、そして後続のはてなブログ、今はカクヨムという小説投稿サイトで活動されています。

Ojohmbon X さんは、「ネット小説の異端児」と評されている通り、ネットで小説を公開する人です。なぜこんなに面白い小説が書籍化されないんだろうと長年思っていました(書籍になってる作品の方が格上というわけでは必ずしもないけれど)。私には他に桐野夏生と井上夢人という favorite 小説家がいるのですが、何十年も書籍を出し続けているこの二人と並べて Ojohmbon X さんを「好きな小説家」に挙げるようになって多分10年以上経ちました。

もう経緯は忘れてしまったのですが、彼と私は友人となり(といっても私が勝手にそう思っているだけなのではないかという青臭い不安はありつつも)、学生時代には終電を間違えてとんでもない方面に辿りついてしまったときに彼の家に泊めてもらったこともあります。メッセージのやりとりで個人的な悩みを相談したりすることもありました。誕生日にもメッセージをくれたりなんかして、私は彼の大ファンなので「こんなふうに仲良くさせてもらっていいんだろうか」「ファンサがエグすぎる」などと狼狽しながらも、つながりを嬉しく感じていました。

そんなある日、昨年の12月ごろのこと、短編集が出版されることになったよというメッセージをもらいました。

うっひょー! 最高! やっと? やっと世界が Ojohmbon X の才能に気づいた? おっそくねー?? 私なんて10年以上前から知ってたし!

後半の無意味な自己顕示欲は抑えて、彼に喜びを伝えました。

【ALT】LINEのスクショ。送信したメッセージ「2023年最高のニュースなんだが」「スタンプ探したけど全部喜び方が生ぬるいのでスタンプ送れない」「(うひょ〜と書かれた『王様ランキング』のカゲが目を潤ませて喜んでいるスタンプ)」「これが一番近い」が載っている。

【ALT】LINEのスクショ。送信したメッセージ「2023年最高のニュースなんだが」「スタンプ探したけど全部喜び方が生ぬるいのでスタンプ送れない」「(うひょ〜と書かれた『王様ランキング』のカゲが目を潤ませて喜んでいるスタンプ)」「これが一番近い」が載っている。

こうしてようやく書籍になることになった彼の小説。八潮久道(やしお・ひさみち)というペンネームで、短編集として出されるそうです。Amazon の商品説明を引くと:

抱腹絶倒の後、強烈なオチが待ち構える珠玉の短編集。
「男ばかりの老人ホームで、姫として君臨するおじいさんが、全然なびかないおじいさんを落とそうとする話」、「人が死んでも、書類がどんどん発行されて出来事が流れるように処理されていく会社の景色の話」、「顧客としての人間が評価されるシステムができたという未来の仕組みの闇に取り込まれた青年の話」……。誰も考えなかった「if」の世界が、ここにある。カクヨム発! 抱腹絶倒の後、強烈なオチが待ち構える珠玉の短編集。

とのことです。

読んで分かる通り、一見荒唐無稽な設定で始まる物語です。読んでいるうちにその荒唐無稽な設定の中に読者がひきづりこまれて、気づいたら主人公を応援していたり、脇役に愛おしさを感じるようになってたり。あと不思議なことに、そんなに荒唐無稽な設定なのに、各登場人物の心の動きや行動は「あるある」とか「わかる、そういうことある」って思えるような、人間らしい、極めて現実的なものとなっているのです。というか、だからこそ読者が荒唐無稽な設定を気付かぬうちに受け入れられるのかもしれない。

***

思い起こせば、はてなダイアリー時代に読んだ『たっくんはいない』という作品が、彼の小説に fall in love した最初の作品だったかもしれない。

また、そのあとにグッと来たのは、『十九、二十歳』だったと思う。

とにかく視点に入り込むことが得意な小説家だと思うのです。

そして、私が勝手に彼の多様な小説に通底している信念だと思っているものがあって、それは「どんな登場人物にもその人なりの論理整合性があり、他のキャラクターや読者には全然論理的で無いように見えたとしても、その人なりに一貫した『こうだから、こう』という思考がある」という信念です。

多分だけれど、彼の小説を私が大好きなのは、この信念があるからなのではないかと思っています。というのも私自身(フィクション作品を世に出したことはないのですが)社会運動に少なからず関わったり、社会問題について調べたり、媒体に文章を寄せたり、講演など人前で話す機会をもらったりしている中で、同じような信念を持つようになったからです。

これは危険な思想かもしれません。なぜならこの信念はともすれば「同じ情報を与えられ、同じ経験をした者は——つまり同じ条件下であれば——人は同じ結論に導かれるはずだ」という考えにつながる気がするからです。極端なことを言えば「こいつはバカなことを言っているが、自分だってこいつと同じくらいバカだったら同じことを言うかもしれない」「こいつだって自分くらい頭が良ければ自分と同じ意見を持つはずだ」という考えに行き着く可能性がある思想だと自覚しています。

だから私は、そのような信念を持ってしまっていることを危険だと思いつつも、しかし他者を理解すること、他者に寄り添うこと、他者から学ぶことにおいては非常に有用な信念だとも思っていて、そのバランスを取ることを重要視しています。

そして恐らくですが、八潮さんもまた、その信念の有用さに注目し、利用することで他者を理解し、寄り添い、学ぼうとしているような気がするのです。私は彼と、そうすることの危うさを共有していると心の奥底で感じているからこそ、彼の小説に惹かれるのかもしれません。

そんな彼の小説をみなさんにも読んでもらいたくて、今回はレターをお送りしました。

以下にいくつかネットで読めるおすすめの作品を載せておきます。もう短編集の予約は始まっているので、気になった方はぜひ予約を!

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