「新進気鋭」とは呼ばれない年齢になりましたが

エッセイ本も書きたいし英語関連本も書きたいし対談本も作りたいし映画評も書きたいし楽曲レビューも書きたいからそういうことは全部言っていくことにした。
瀬戸マサキ 2026.08.28
誰でも

やりたいことはどんどん声に出していくといい、そうすることで誰かがそれを頭の片隅に覚えておいてくれて、何かの時に声をかけてくれたりするから、という話は前からいろんな場所で聞いていて、まあ確かにそうだよねえなんて思いながらしかし実践することはなく、年々減りゆく原稿依頼の数に漠然とした不安を感じたり、いつになっても本の出版の機会が巡ってこないことに嘆いたりしていた。

え、そもそも自分って文章を書きたいって情熱があったんだっけなどと根本的な疑問すらふと頭に浮かぶようになり、いよいよ物書きとして元来私の中にあった何かが枯渇してきたのだろう、あるいはそもそも大してそんなものは無かったのにあるかのように振る舞ってきたその虚勢にも限界が来たか、なんていうことを考え始めていた時に、なぜかふと、えいやと気を奮って声をかけてみた編集者が私の書籍企画を編集会議にかけてくれることになり、のんびりペースではあるが来年秋の出版が決まった。

決まったとは言ってももちろん私がきちんと十分なクオリティのものを〆切を守って書いた暁には出版されるという意味であって、いざこうして本になるよと言われると自分の書く文章があまりに稚拙なのではないか、人様にお金を払ってもらって読んでいただくに値するほどのあれではないのではないか、という不安に苛まれる。苛まれている。自分から本にしたいと言っておいてこの様である。そのくせ、自分から企画を持ち込む、売り込むということをやってみたら意外にもうまくいったことに味を占め、別の書籍企画を練ったりもしている。

先日歌人で作家の眞鍋せいらさんがXで「詩集または小説またはエッセイを出版したいです ご興味持ってくださる版元さまぜひ[…]」と書いているのを見た。ちょうどその頃私もニュースレターで「こんな本が書きたいので出版関係の方もしご関心あったらお声かけください」みたいなメールを購読者の皆さんに送ったところだったので(随分度胸のついたものである)、タイムリーもタイムリー、本当にそういうのって大事だよね眞鍋さん、と思って引用投稿したのだった。

しかしニュースレターの配信から数日経てど特に誰からも連絡が来ることはなく、ここは知り合いのつてを使ってでもどこかの編集者さんに直接企画をお見せするしかないだろうかと思っていたら今日とある出版社の方からメールが来ていたので、やはりこれがしたいあれがしたいというのは広く口酸っぱく言っていくべきなのだと肚に落ちた。この企画が会議で通れば私はこの数ヶ月で一気に「書籍を二本書いている書き手」になったことになる。

遡ってみると私はどうやら2013年に初めて原稿料をいただいて文章を書いたようだ。それから四年間くらいかけて少しずつ書く仕事をいただく機会が増えて(今はなき Wezzy のカネコアキラさんには大変お世話になった)、いつか自分も本を書くのかなあと漠然と思っていたが、一向にそういうお話は来ることなく、気づけばゲストスピーカーとか講演とかトークイベントなんかのお仕事をもらうことが増え、それも数年で落ち着いた。

「新進気鋭の」って帯に書いてもらうには30代のうちに本を書かなきゃね、なんて笑い話を昔はよく友人にしていたが、すっかり41歳である。実力があれば向こうからオファーが来るだろうという傲慢さが邪魔をしていたのだろう。さっさと企画書を書いて出版関係のフォロワーさんたちに見てもらえばよかったのだ。

***

今で言うと、単発の仕事として映画評とか書いてみたいなあと思っている(言ったぞ!)。

今日Xで書いたけど、映画評書く人ってどうやって二時間とかの作品の色々なシーンを覚えていられるんだろうって疑問があって、調べたらどうやら暗いなか手元のメモ帳に書き殴ったり、劇場を出てすぐにノートやスマホに書き出したり、それでも足りないときは再度試写会に足を運んだりしているらしい。最近は URL が送られてきて一定期間だけ作品が観れるオンライン試写も増えているので、繰り返し見たり一時停止したり巻き戻ししたりもできる。

なるほどね、それだったら自分もできるかもと思った、なんて言ったらプロの映画評論家に怒られるだろうから撤回するとして、それだったら自分もやってみたいと思った。と同時に、これまで試写会に呼んでくださった方々に対し、当時ちゃんとしたレビューを書かなくてごめんねの気持ちである。記憶力悪いのに記憶力に頼りすぎてた。

そういえば昔関西クィア映画祭に依頼されて『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』という作品の映画評を書いたことがあった。届いた DVD をメモを取りながら繰り返し観ていると、最初は漠然とした印象や感想だったものが、作中の記号が示すメタファーや物語に配置された演出的装置によって裏付けられていく。そのプロセスがとても楽しかったのを覚えているので、またそんな仕事が来たらいいなあと思っている。

ほかには音楽のレビューとかもしてみたい(またしても言ったぞ!)。

実は私の卒業論文はスーザン・マクレアリのフェミニスト音楽学理論をベースに楽曲の転調やコード進行、歌詞などをジェンダーの視点で分析するというものだったのだ。

正直言って、多くの楽曲レビューが MV や歌詞、タイトルしか分析していないことに少しだけ不満を感じている。もっと言えば、どのアーティストがどの系譜だとか、このジャンルの歴史はこうでとか、それはそれで大事ではあるけれどそれって楽曲の外側のことだよね、と思うようなレビューも少なくない。

私としてはもっとメロディーとか、歌唱法とか、コード進行とか、転調とか変拍子とか、楽曲の中にある音自体に分析できるものがいっぱいあるじゃないか、と思ってしまう。多少そういうことにも触れているレビューはたまにあるけれどね。もしいつか私に楽曲レビューの仕事が来たら、そんな音楽理論的な分析を含めたガチめの批評を書きたいと思っている。

音楽を扱うメディアの皆さん、どうですか。音自体を分析できて、ジェンダーやクィアな視点で語れて、かつインターセクショナルな問題意識がある書き手なんてあんまりいないと思いますよ(こういうのを shameless self-promotion、恥知らずの自己宣伝という)。

***

というわけで、これを読んでいる人で何かやりたいことがある人は、かっこつけてないで人に言ったほうがいい。まだ一作目も出していない私が言っても響かないかもしれないけれど、ダメもとでいいから周りに「こんなことやりたいんです」って話してみたら、案外何かが動き出すかもしれない。

動かなかったら、ZINE とかね、自主制作 CD とかね、そういうのでプロトタイプみたいなのを作るのもいいかもしれない。それを見たり聴いた人が声をかけてくれるかもしれないから。まあ、いざ動き出すとびびっちゃったりするんだけどね、私みたいに。

ちなみに私はそのうちフィクションの ZINE を書きたいなと思っているよ。実は一度だけ新人賞に応募したことがあって、それは見事に全然選考に引っかからなかったんだけど、その後も時々掌編(短編より短いやつ)を書いたりしてる。いつか自分でもこれは好きだな読んでもらいたいなと思える作品がまとまったら、ZINE にして文フリとかに出展したい。

そんな感じで色々やっていくので、これからも皆さんよろしくね。

うちの可愛い可愛いダッフィーのぬいぐるみです。名前はパペコ。手を入れて動かせるパペットだからパペコ。パペコの背後にあるのは小沼理さんの『悲しい話は今はおしまい』。反対側に見えるのは安堂ホセさんの『DTOPIA(デートピア)』。その奥にあるのは Fall Guys というゲームのキャラクターのぬいぐるみで、UFO キャッチャーで2000円かけて取った子です。

うちの可愛い可愛いダッフィーのぬいぐるみです。名前はパペコ。手を入れて動かせるパペットだからパペコ。パペコの背後にあるのは小沼理さんの『悲しい話は今はおしまい』。反対側に見えるのは安堂ホセさんの『DTOPIA(デートピア)』。その奥にあるのは Fall Guys というゲームのキャラクターのぬいぐるみで、UFO キャッチャーで2000円かけて取った子です。

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